2008年06月20日

子供は親の装飾品ではない

先日、秋葉原で無差別殺人という凄惨な事件が起きました。

1週間以上が経ち、いろいろな情報が入ってきました。

この事件は犯人の人格にも問題がありますが、その人格を作り出した家庭環境にも大きな問題があるのではないかと考えます。

この犯人の親はこの子供を自分の見栄のために育てていたようです。
教育熱心とは、親の世間の対する虚栄心を満たすため。

犯人は中学までは、勉強、スポーツとも優秀で、親の虚栄心を十分満たしていたようです。しかし県下一の進学高に入ると当然上には上がいる。成績も落ちます。

すると親は、自分の虚栄心を子が満たせなくなったため、あっさりと
見放してしまったようです。

犯人も「親は他人である」といって嫌悪していました。

実はこのような親はけっこう多いのも事実です。
「勉強ができれば他はなにもしなくてもいい」
「いい大学、いい会社に入れば親も満足」

このように育てられた人間をたまに見かけますが、こういう育ち方をした人間は必ずどこかで破綻しています。

いい高校、いい大学をでているだけで人生がきまるほど社会は甘くありません。

それを、間違った価値観、親の見栄で育てられた子は、それで人生がうまくいくものだと思ってしまいます。

たまに見かけるのが、40歳を過ぎても、自分の出身大学を偉そうに言っている社会人がいます。それらはほとんど仕事ができない。だから
出身大学を威張るくらいしかできないんですね。

子供は親の見栄の道具ではありません。
子供を見栄の道具につかうのは、親が自信がないからです。
自分が子に誇れるような親になってください。

考え方が逆ですよ。

posted by Mr.ISO at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック